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2000年 4月 3日 [ イベント ]

No.062-1:春の風物詩、全日本チンドンコンクールが今年もやってくる


■若手を奨励する「高澤滋人賞」新設
 このコンクールの事始めは40数年前にさかのぼる。戦災から立ち直り富山市街地もほぼ復興しつつあった昭和30年、当時富山市の職員だった故高澤滋人(しげと)さんが、富山の活気ある発展をめざして「チンドンコンクール」を発案した。全国からプロのチンドンマンが富山にやってきて、華やかな衣装を身にまとい、チンドンの技を競いあうユニークな祭典として人々の話題を呼び、遠くからもたくさんの観光客が足を運んだ。
 今年で46回を迎えるこのコンクール、出場者は20代の若者から全46回出場を果たす年輩のベテランチンドンマンまでと幅広い。その後、市役所を退職した高澤さんは、映画評論家、舞台演出家など多くの顔をもち多方面で活躍するなかでこのコンクールを支えつづけてきたが、昨年他界された。これまでの高澤さんの功績を称え、チンドンの将来を担う若手を奨励する「高澤滋人賞」が今年から新設される。

■「人を集める、人を楽しませる」−受け継ぎたいチンドンのプロ精神
 昭和初期、チンドン屋というのは全国いたるところで宣伝マンとして活躍しており、商店街やパチンコ屋のオープンの際、派手な衣装に太鼓・三味線・鉦(かね)・ラッパ・クラリネットなどを鳴らしながら、街を練り歩きその巧みで愉快な口上(こうじょう)で人々の目を集めていた。そのコマーシャル効果は高く、チンドン屋はプロの職業として成り立っていた。
 しかし、マスメディアの発達とともに広告・宣伝の主役はテレビ・ラジオ・新聞などに移り変わり、チンドン屋は宣伝業としての「職業」という位置づけから「芸」というパフォーマンス的要素が強くなった。コンクールが始まった当初、 60チームだった出場数も平成元年には13チームまでに減ったという。近年は、再びチンドンブームが盛り上がりをみせてきており、今年は31チームが参加する。

■チンドンは「文化」
 最近では大学を卒業後、プロのチンドンマンをめざす若者も増えてきているという。「チンドンには若者の心を強く揺さ振る何かがある。それは人に見られたい、自分を表現し人を喜ばせたいという『プロの芸人』としての精神や誇りが、自己表現の方法を模索する今の若者に魅力的なものとなって映るのではないか」と富山商工会議所の宮崎さんは言う。 落語でもチンドンでも、歴史のある笑いや芸能は「芸」という枠を超え「文化」となって人々の生活や心を豊かにする。心の豊かさについて議論される今日、「つらいときでも楽しく笑っていこう」というチンドンの精神は、高く再評価される時代になってきているのかもしれない。4月7日の夜には開幕前夜祭として「幽玄ちんどん夜桜流し」が行われ、桜の花が咲き乱れる松川を華やかなチンドンを乗せた笹舟が流れる。杯を交わしながら風情ある春の夜を楽しんでいただきたい。

問い合わせ
●富山商工会議所
076-423-1111

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